特集記事

2019.05.23

日本の電子回路基板市場を探る

青木 正光

日本の電子回路基板市場を探る

1. 電子産業の市場規模推移


 電子回路基板産業の市場は、言うまでもなく、回路基板を搭載する電子機器の生産動向の影響を大きく受けるものである。

 そこでまずは電子機器の市場の動きを鳥瞰してみよう。

 図1に示すのは"民生用電子機器"と"産業用電子機器"(電子部品・デバイスは除いた合計金額)の、1972年以来の市場推移を図化したものであるが (※1)、これを見ていただけばわかるように、今や国内で生産する電子機器の市場規模は4.1兆円、すなわち1970年代後半頃のレベルにまで落ち込んでしまっている。

 衰退の原因をここ20年の経済状況に照らして探ると、2001年のITバブルの崩壊や2008年のリーマンショックといった経済環境の変化に伴う市場規模の一時的な縮小、さらに為替レートの変化などを挙げることができる。

 そして、このことによって、電子産業を手がけるエレクトロニクスメーカーでは、生産現場を「市場のある場所で生産する」方式、すなわち、生産の拠点を「国内(Made in Japan)から海外(Made in Market or Made in ASEAN/China)へ」、移行させる動きを加速させていった。

 そのシフトの規模は予想以上に大きなものとなっており、国内生産よりも海外生産のほうが多くなった結果、国内市場は空洞化してしまうこととなった。

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図1 日本の電子工業(民生機器+産業機器)の生産額推移(JEITAの資料を筆者がグラフ化したもの)

 

 

2. 日本の電子回路基板市場の動き

 

2-1.電子回路基板の国内生産の推移

 このことを踏まえたうえで、次に日本の電子回路基板産業の市場規模を見てみよう。

 ●図2はその推移を示した表である(※2)。

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図2 電子回路基板の国内生産額の推移(JPCAの資料を筆者がグラフ化したもの。*は予測値)

 

 

 1991年にバブル景気が後退したことを受け、市場規模は一時減少傾向となったものの、その後、回復基調に転じて2000年に1.44兆円のピークを迎える。

 しかし、2008年ごろから大きく減り、以後、低迷期に入ってしまった。

 表1は、日本の電子回路基板で100億円以上の売上高順位のトップ20を体系化したものである(※3)。

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表1 日本の電子回路基板企業の売上高順位 Top20

(出典:産業タイムズ社「プリント回路メーカー総覧2018年度版」)

 

2-2.電子回路基板の海外生産

 このような状況下、電子回路基板メーカーにおいても、「なるべくコストをかけずに生産する」という動き、さらに、最終製品を手がけるエレクトロニクスメーカーの海外進出や顧客サイドからの要望も加わって、海外での大量生産に踏み切るところが増えはじめた。

 図3として、日系企業の電子回路基板の海外生産比率を挙げる(※ 4)

 

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図3 日系企業の電子回路基板海外生産比率(JPCAの資料を整理したもの。*は予測値)

 

 ご覧のように、2001年度は12%であった海外生産比率が、2018年度にはすでに60%となっている。

 その伸びの傾向は現在鈍りつつあるものの、比率は今後63%まで達すると予想されている。

 いっぽうで、国内での生産額は今や6,600億円と大きく減少してしまった。

 規模としては1986年頃の市場に戻った形である。

 電子回路基板の海外生産がここまで増加した要因のひとつとして挙げられるのは、先に述べたように、「コストをかけずに生産する」という考えから、人件費が安価な海外に生産拠点を求めたことである。

 進出先はおもに中国、台湾、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどであるが、これらの国々でも近年では徐々に人件費が上昇しており、製造拠点のさらなる見直しを余儀なくされているケースも増えている。

 実際、早い時期に、たとえばシンガポール、ベルギー、米国などを生産拠点として進出したものの撤退したというケースも数多くある。

 

2-3.電子回路基板の分野別推移

 図4に挙げるのは、電子回路基板の分野別の推移である(※ 5)。

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図4 電子回路基板の分野別推移((JPCAの資料から定義して筆者が表を作成。*は予測値)

 

 片面プリント配線板が大きな主役だった状況(1970年代)は次第に両面プリント配線板にとって代わられ(1980年代後半)、さらに時代が進むにつれて多層プリント配線板、ビルドアップ多層プリント配線板などの技術が進展していった(1990年代~)。

 このような動きの中で、たとえば薄物多層プリント配線板は、「薄型化によって材料の使用を抑制できる」などといった理由から、環境に対して特に意識の高い欧州市場において注目を浴びた。

 というように、フレキシブルプリント配線板やサブストレート基板(モジュール基板)の応用技術の展開、また、薄物多層プリント配線板の開発などにおいて日本が先駆的な役割を担ったということは忘れてはならない。そしてこのような分野に取り組んだことによって、日本の電子回路基板の生産量の縮小傾向には、わずかながらも歯止めがかかったのである。

 こうした状況下、海外では比較的製造が容易な量産製品を生産し、一方で日本国内では、「最先端の技術や素材を駆使した"難易度の高い高付加価値品"や"新規開発品"を試作する供給拠点」として位置付けるという国際分業が進展している。

 

2-4.新興企業

 日本の電子回路基板企業の中には最近、新興の企業として強い存在感を現している社がいくつもある。

 たとえば(株)村田製作所は、独自のポリマーフィルムの技術を持った(株)プライマテックを買収して子会社化し(※現社名は(株)伊勢村田製作所)、その技術を応用して折り紙のように折りたたむことが可能な樹脂多層基板を製品化している。

 また、エレファンテック(株)ではインクジェットプリンターで回路基板を印刷する製造方法を開発。工程数・廃液量・コストの大幅な削減を実現させた。

 さらにオムロン(株)では、各種の電子部品を樹脂製成形品に埋設し、表面に露出した電極をインクジェット印刷で接合することによって電子回路を形成する、という技術を開発した(※ 6)。

 

 

3.回路設計企業

 

 このような状況下にある今日の日本の電子回路基板の国内市場はまさに大きな転換期にさしかかっている、と言うことができる。

 かつて日本の大手電機メーカーでは、自社ブランドの電子機器の中枢は社内で全て生産するという「垂直統合」の生産方式を採っていた。例えばカラーテレビで使用するブラウン管、チューナー、偏向ヨーク、プリント配線板、筐体などの中枢部は全て自社で生産していたのである。

 この背景には、「基幹部品こそが製品の機能を支える根幹であり、その善し悪しが最終製品の出来を左右する」との認識があった。

 しかしその「垂直統合」方式も、時代が経過すると"外部から調達する"方式へと変化していった。

 「垂直統合」方式から、このような「垂直分裂」の生産方式へと変化したのである(※ 7)。

 プリント配線板についても外部の専業メーカーから調達する形へと進展したが、なかでも回路設計に関してはさらに垂直分裂していった。

 これを受けて、回路設計・試作対応のみを手掛ける専業企業が次第に増えていった。

 

 

4.試作対応の電子回路基板企業

 

 新しい電子機器を開発する場合は、電子回路基板もまた新たに開発しなければならない。

 新機能を実現するために色々と試作して確認した上で最善の電子回路基板を決定し、そこから量産に繋げていくのである。

 試作対応を担っている企業では回路設計から手掛けるが、社によっては、基板の試作製造のみならず実装までを手掛けているところもある。

 前述したように、電子回路基板の市場は、海外での生産規模の拡大に伴って国内での生産が減少傾向にある。

 しかしこのような中にあって、試作対応については、日本が強みを発揮することができる分野の一つである。

 そこで、試作対応の基板市場は現状どのようなものであるかを探ってみた。

 

4-1 試作対応企業

 試作対応企業には、難易度の高いものを試作する企業もあれば、超短納期で対応する企業もある。

 代表的な超短納期対応としては、表2に示すように、1日で試作することができるものもあるが、手間のかかる品種や工程の長い高多層プリント配線板など1週間ぐらいの日数を必要とするものもある。

 しかしいずれにしても通常の量産物と比較すると極めて短納期であり、その点を強みにして各社がビジネスを展開している。

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表2 試作対応基板の代表的な納期例(筆者が取材、およびネット調査をしたものを表化した)

 

4-2 ネット通販型の試作企業

 電子回路基板をネット通販で提供する企業もある。

 なかでも早くから展開したのは(株)ピーバンドットコム (P板.com)で、2003年4月から本格販売を開始して以来、ネット通販型の電子回路基板企業としては国内シェアNo.1のシェアを有する企業となっている。

 同社では、1枚でも5枚でも、とにかく必要な枚数の基板を安く提供しており、加えてイニシャル費用の完全無料化も実施している。

 また注文の方法も簡単で、スピーディーに納期と費用がわかる業界初のワンクリック見積システムを採用。

 わずらわしくなりがちな基板注文の手間を省いているのを特長としている。

 試作案件が多いためか、通常の基板会社より圧倒的に取引実績の社数は多く、納期順守率が非常に高いことから、業界から信頼されていると思われる。

 研究機関などでは、開発途上で必要となる電子回路基板をネット通販の仕組みを使って入手しているところが多くある。

 また、必要とする部品を実装するところまで仕上げてくれるサービスもあることから、大いに重宝しているようである。

 ネット通販型の電子回路基板は表3に示すように6社が確認できた。

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表3 ネット通販型の電子回路基板企業(有価証券報告、信用情報、広告、WEBサイト情報等を元に作成。)

 

 このようなネット通販型という形態の経営側の利点としては、「ネットを使うことよって市場の掘り起こしができる」という点に加えて「少ない人材でビジネス展開ができる」ことも挙げられる。

 このような点から、新しいビジネススタイルとしても大いに注目されているのである。

 

4-3.ネット通販の特長

 ネット通販の特長を示すと以下の点が挙げられる。

 

a.自動見積システム

 見積りが自動で画面上に表示される仕組みが導入されている。「価格を他社に公開したくない」という常識的な考えからすると珍しい取り組みであると言える。

 現状、通販を行っているところは基本的に公開しているのが特長となっている。

 

b.納期順守率

 ネット通販型の電子回路基板企業では、クライアントと対面し相談しつつ仕事を進めるという方式でないことから、例外的な場合を除き、基本的には自社が設定する納期に忠実でなければならないため、約束を守ることが大前提であろう。

 筆者が調べたところ、順守率は98%を超えており、中には限りなく100%に近い企業もあり、その意識は高いと思われる。

 

c.豊富な無料サービス

 基板CADのCADLUSを中心に、本来高価なCADをユーザーには無料で利用できるようにするなど、開発しやすい環境の提供に力を入れている点も大きな特徴である。

 また、製造周りのサービスとして、ピーバンドットコムでは「設計」、「実装」、「部品調達」、「ハーネス加工」などを、プリント基板センターPBでは「設計」、「実装」、「ハーネス加工」などを、(株)ユニクラフトは「設計」、「実装」などを、それぞれ実施している。

 ネット通販の特長として、サイトのデザインやシステム、記載されている情報、基本サービスの品質、独自サービスなど、情報を公開している分、通常の基板会社よりも意識が高いと思われる。

 また、WEB広告、サイトの作り方をはじめとするWEBマーケティングも各社取り組んでおり、マーケティング意識も高い。

 ネット通販に関して、ピーバンドットコムは老舗ということもあり全ての項目において、頭一つ、二つ分、抜きん出ている印象である。同社は業界においてベンチマークとなっているようにも見える。

 

 以上、日本の電子回路基板市場を鳥瞰すると量産ものは海外拠点での生産、国内では難易度の高い製品や少量多品種を生産する形ができている中で、試作対応の電子回路基板市場について探ってみた。

 日本では新しい製造技術は生まれやすいため、サービスへの取り組み、業務の効率化、営業努力次第ではまだまだ成長は可能ではないかと思うので、チャレンジ精神で取り組んで欲しいと思う。

 ネット通販を利用したビジネス展開も誕生以後、ますます定着してきた。日本の試作対応の電子回路基板産業の潮流を理解したうえで、大いに活用して頂ければ幸いである。

 

 

5.参考資料

 

 (※1)JEITA統計資料
 (※2)JPCA統計資料
 (※3)プリント回路メーカー総覧2018年度版 産業タイムズ p25 (2018)
 (※4)青木正光," 「電子産業」と「電子回路基板産業」を探る" エレクトロニクス実装技術Vol.33 No.4 pp36~pp44 (2017)
 (※5)青木正光,"台湾電子回路基板市場" エレクトロニクス実装技術 Vol.35 No.2 p29 (2019)
 (※6)https://www.omron.co.jp/press/2016/06/c0602.html
 (※7)丸川知男,"現代中国の産業" p47 中公新書 (2007) ISBN978-4-12-101897-7

 


 

NPO法人 日本環境技術推進機構 横浜支部 理事青木 正光
http://www.jetpa.jp/jetpa/
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