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編集企画 2020.09.03

シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第19回)~ プリンテッド エレクトロニクス技術開発で 世界をリードする山形大学時任研究室(その4)~

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第19回)~ プリンテッド エレクトロニクス技術開発で 世界をリードする山形大学時任研究室(その4)~

 

 

1. はじめに

 

 山形大学時任研究室(以下、時任研と略す)の紹介として、これまで有機半導体、及びSiのICを内蔵したフレキシブル回路、曲面を含む印刷技術、バイオセンサなどを取り上げてきたが、最終回として、印刷技術を用いた各種のセンサを紹介したい。

 

 

 

2. 有機CO2センサ

 

 地球温暖化の原因となるCO2の濃度の検出や、ハウス栽培での植物の成長や品質向上のためCO2濃度の管理は極めて重要である。

 時任研では、プラスチック基板上の電極に、酸化カーボンナノチューブを含んだ有機材料のPEDOT:PSS膜をスピンコートし、高分子/銅キレート剤からなるCO2感応膜を積層化したCO2センサを開発した。

 図1(A)は反応機構とセンサの構造である。

 

 

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図1 CO2の濃度を検出するセンサと得られた結果(資料は時任研のご提供による)

 

 

 図1(B)は、注入したCO2と電極間の抵抗値の関係で良い相関が得られている。

 検出上限は5000ppm程度で、農業分野で必要とされる範囲をカバーできている。

 

 

 

3. RNA/DNA配列の異常検出

 

 近年、18~25℃基程度の短いRNAが、遺伝子発現制御に関わっていることが明らかにされ、血液、唾液、尿に含まれるマイクロRNAはガン診断のバイオマーカーとして注目されている。

 本研究では、DNAの核酸を電気化学的に検出するポテンショメトリー法を開発した。

センサのチップとして、基板に金蒸着しその上に目的とする核酸をハイブリダイゼ―ションで捕捉するプローブDNAを固定化した。

 Ag/AgCl参照電極とともに水溶液に浸し、デジタルマルチメーターで電位差を1秒間隔で測定した(図2(A))。

 

 

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図2 マイクロRNAの検出法と検出したデータ(資料は時任研のご提供による)

 

 

 相補的配列の10塩基DNA(Match DNA)と1塩基だけ配列の異なるDNA(Mismatch DNA)を添加した時の電位差は、図2(B)のように明らかに差があった。

 このようにして1塩基の異なるDNAが検出できた。

 

 

 

4. 体液中の乳酸を測定するセンサ

 

 乳酸は汗などの体液に含まれている代謝物質で、筋肉の疲労度と関係がある。

 この乳酸濃度を、印刷による有機半導体のアナログ回路を用いて定量的に測定するシステムを開発した。

 まずPENフィルム上にインクジェット印刷により銀電極を形成し、つぎにメディエーター層としてプルシアンブルーとグラファイトの混合インクを銀電極上に塗布した。

 図3(左)に電極構造を示す。

 

 

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図3 乳酸センサの電極構造、プラスチック上に印刷した回路、及び乳酸検出特性のグラフ

(資料は時任研のご提供による)

 

 

 テフロンの障壁を形成した後、乳酸酸化酵素とキトサン(固定剤)の混合インクを塗布した。

 乳酸が酵素によって酸化された時、過酸化水素が発生する。

 これがプルシアンブルーを還元して酸化体に変わり、カーボンから電子を受容するため、最下層の電極に電流が流れる。

 この電流値は乳酸濃度に比例し定量化できる。

 図3(中)はプラスチック上に印刷された有機半導体トランジスタで、その特性は図3(右)のようになっており、移動度は1.3cm2/Vsとアモーファスシリコン薄膜トランジスタと同程度であった。

 図4(左)は、印刷法OTFTでフィードバック制御部と検出部の回路を製作した。

 

 

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図4 乳酸を検出するセンシング回路と得られたデータ(資料は時任研のご提供による)

 

 

 乳酸センサ部は、作用極表面の酵素反応によって生じる電流を検出するもので、図4(左)のように作用極/参照極/対極に、有機半導体で作成したインバータ回路を接続したシステムを作成した。

 乳酸濃度を0mM(Mはmol/L(リッター)のこと)から、0.5mMまで変化させ、それに応じた出力電圧は図4(右)のグラフのように変化した。

 本システムは酵素反応を利用するあらゆる電気化学センサに適用可能であり、印刷有機回路によるウエアラブルセンシングデバイスへの応用が期待される。

 

 

 

5. 立体曲面上のタッチセンサ

 

 人と協同するロボットでは、安全性の点からロボット表面がソフトであることが必要であり、そこに各種のセンサを搭載することが要求される。

 時任研では、柔らかい曲面上にインクジェット印刷で、タッチセンサを形成する技術を開発した。

 図5は、タッチセンサの基礎データを得るためガラス基板上で容量の変化を測定するテストを行ったキャパシタの構造である。

 

 

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 図5 実験に用いたキャパシタの構造(図は時任研の資料を元に筆者が作成)

 

 

 柔らかいPDMS(Polydimethylsiloxane)を銀電極で挟んだ構造である。

 これに重さの異なる分銅を載せた時のキャパシタ値の変化が図6である。

 

 

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図6 分銅の重さを変えた時のキャパシタ値の変化(資料は時任研のご提供による)

 

 

 分銅の重さによってキャパシタ値がリニアに増加しているので、タッチの有無だけでなく、タッチの強さも知ることができる。

 次に立体物へのインクジェット印刷を行い、同じようなデータを得た。

 1gという微小な圧力も検出できるので、ロボット表面でのタッチセンサとして十分機能することが分かった。

 

 

 

6. ロボットハンドの触覚信号

 

 キャパシタ値の変化による圧力センサに続いて、強誘電体の感圧信号による圧力センサを開発した。

 強誘電性高分子として、図7(左)に示す構造のP(VDF-TrFE)を用いた。

 

 

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図7 印加した圧力とピエゾ電圧の関係(資料は時任研のご提供による)

 

 

 この高分子は、任意の極性溶媒に溶解してインク化できるので各種の印刷法が用いることができ、応力が印加されるとピエゾ電圧を発生する。

 図7(中)は、圧力を印加した時と圧力を開放した時に発生する電圧である。

 図7(右)は、印加圧力に対する発生電圧の関係で、綺麗な直線性となっており、10kPa以下の微弱圧力にも応答できる。

 フレキシブルなセンサを得るため、信号の増幅には有機TFTの回路を用いた。

 基板がフレキシブルで、圧力や引っ張り応力が掛かると、有機TFTの特性が変化する可能性がある。

 そこで、図8(左)のTFT構造で2種類の有機半導体でテストし、引っ張り応力印加の効果を調べ、図8(中)のような電流値変化のデータを得た。

 

 

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図8 有機半導体の種類によって印加圧力により特性の変化が見られる(資料は時任研のご提供による)

 

 

 若干の変化が見られるが、半導体と電極間の接触が不十分なのか、半導体自体の結晶性や電極表面状態が影響しているのか、今後の検討テーマである。

 垂直圧力だけでなく、水平方向のずりについても調査し、十分な感度があることを確認した。

 図8(右)は、圧力センサとすべり覚センサ(ずりセンサ)を装着したロボットハンドである。

 

 

 

7. ロールtoロールインクジェット印刷装置の開発

 

 印刷プロセスを使った究極的なデバイス製造法として、フィルムを連続的に流しながら製造するロールtoロール印刷法がある。

 フィルム上に直接、回路を形成する場合、フィルムの収縮に対応しつつ高精度な重ね印刷を行う高度な印刷プロセス技術が必要不可欠となる。

 図9は、時任研で開発されたフィルム幅900mmのロールtoロールインクジェット印刷装置である。

 

 

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図9 ロールtoロールの大型印刷機と、透明フィルムに印刷した例(資料は時任研のご提供による)

 

 

 これを使い、大面積フィルム上へのTFT回路形成やセンサシートの試作を行っている。

 

 

 

8. まとめ

 

 4ヶ月にわたってプリンテッド エレクトロニクスに関連した多くの研究を紹介してきたが、これらの技術が社会にどのような影響をもたらすのか、時任研の紹介資料から幾つかを抜き取って紹介する。

 

 

① 簡単にできる温度管理

 

 工場でも、商店でも、家庭でも、温度を管理することが重要であるが、フィルムに貼り付けた感温膜で簡単に測定できれば便利である。

 時任研では、温度が上昇すると抵抗値が下がるNTCと上がるPTCを開発されている(図10)。

 

 

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図10 印刷型温度センサ(資料は時任研のご提供による)

 

 

 ビールは10℃以下がおいしいといわれるが、コーヒーも40~50℃に温度管理できるカップがないものかと、筆者は常に思っている。

 

 

② 脈波センサによる動脈硬化度の計測

 

 フレキシブル圧力センサを図11のように腕と首につけて脈波を測定し、両者の時間差から脈波伝播速度を得ると動脈硬化度が測定できる。

 

 

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図11 脈波の伝播速度による動脈硬化度の測定(資料は時任研のご提供による)

 

 

③ ウェアラブル無線給電

 

 ウェアラブルデバイスでは、頻繁な充電や電池交換を行う場合が多いが、この解決のためフレキシブル基板を用いた無線給電システムを開発している。

 部屋内に最大出力1Wの900MHzマイクロ波発信機を設置し、その電波を図12のような薄型アンテナで受電するものである。

 

 

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図12 フレキシブル受電アンテナ(資料は時任研のご提供による)

 

 

④ 農業を改革する環境管理

 

 ハウス栽培での生産性向上や、貯蔵施設での品質管理に革新を起こすCO2やNH3を測定する薄膜センサを開発している。

 図13は、NH3センサで、2つの酵素を組み合わせた反応膜をPB電極に塗布し、NH3と反応してH2O2が生成する時の電圧変化を計測する。

 

 

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図13 アンモニアのセンサ(資料は時任研のご提供による)

 

 

⑤ その他

 

 他にもマイクロRNAやDNAの核酸を検出するがん検診のバイオマーカーや、ベッドに設置したセンサによって呼吸や脈波を計測するなどのバイオ・メディカル関連のシステムも開発されているが、すでに述べたので省略する。

 CMOSLSIがエレクトロニクスに革命を起こす推進役であり、野球でいえば3番4番を打つ主力打者なのに対して、プリンテッド エレクトロニクスは漸く7番打者として出場の機会が巡ってきた脇役かも知れないが、きらりと光る活躍により試合が面白くなる。

 今回、山形大学に時任静士先生と久禮得男先生から貴重なお話を伺い、4回にわたって紹介することができた。

 両先生に厚くお礼を申し上げるとともに、今後、この分野が貴重な産業として発展するようにご健闘されることを期待する。

 

 

 

9. ご挨拶

 

 2014年1月より、このコラムを担当させていただき、実に7年半の長きにわたってお付き合い頂きありがとうございました。

 まだまだ書きたいテーマはたくさんありますが、ここらでしばしお休みをいただきたく、いずれ機会を見て復活したいと思います。

 83歳にもなりましたが、今後もエレクトロニクス業界のため微力を尽くしたいと考えています。

 この度、ホームページを開設しましたので、お時間があれば覗いて下さい 1)。

 実装技術誌に載せた記事の抜粋や、ムーアの法則は続くなどの記事も載せました。

 読者の皆様のますますのご活躍を期待しております。

 1)https://atsugi-el.com/

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

国内唯一の実装技術専門誌!『エレクトロニクス 実装技術』から転載。 最新号、雑誌の詳細はこちら

http://www.gicho.co.jp/ept/
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