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2019.12.13

シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第12回)~海洋研究開発機構(その5)~

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第12回)~海洋研究開発機構(その5)~

 

 海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)について、これまで海底探査の手法、熱水鉱床やその近くの生物、鉱物資源、マイクロプラスチック問題、台風、地震などを取り上げてきた。

今月は、地球環境に関係した問題や、その漁業に関する研究を紹介してJAMSTEC関係の紹介を終わりとする。

 

  

  

1. 大気中の酸化鉄粒子による大気加熱効果

 

 

 地球の温暖化では、CO2やメタンが注目されているが、酸化鉄粒子も要注意である。

 酸化鉄粒子は、砂漠のような乾燥地域から大気中に巻き上げられ、太陽光を吸収して大気を暖めるが、製鉄工程などから排出される人為起源の黒色酸化鉄も大気加熱効果をもつ。

 しかし、これら酸化鉄粒子の大気中濃度について、これまでどの国のどのような発生源がどれだけの大気加熱効果をもたらすかの定量的な評価が十分になされていない。

 JAMSTECでは、独自に開発してきた全球大気化学輸送モデルを用いることにより、地球全体における人為起源の黒色酸化鉄粒子濃度を算出し、大気汚染の影響を強く受けた地域で得られた観測データを再現した。

 さらに、大気中のエネルギー収支を計算する放射伝達モデルを用いることにより、人為起源の黒色酸化鉄粒子が大気を加熱する効果は、東アジアなど鉄鋼業が急速に発展してきている地域で卓越していることを明らかにした。

 この研究成果により、人為起源の黒色酸化鉄粒子は、新興国の急速な経済成長による重工業でのエネルギー消費に伴い、温暖化の一因として重要になる可能性が示唆された北京など中国沿岸部での大気汚染は良く知られているが、ウルムチやウランバートルなど内陸部での大気汚染による影響が顕著に見られる(図1)。

 

 

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図1 人為起源の黒色酸化鉄粒子が大気を加熱する効果(資料はJAMSTEC提供。数字は筆者が記入した)

 

 

 アルツハイマー病など健康被害と黒色酸化鉄の関連性も懸念されている。

 海洋へ供給される鉄は、食物連鎖を通して海洋生態系へ影響を与えている。

 温暖化だけでなく、このように海洋生態系や人への健康被害の観点からも、酸化鉄粒子の実態を解明することが重要であり、酸化鉄に対する排気浄化装置の適切な設置など、有効な対策を講じる必要がある(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/iccp/j/topics/20180605/)。

 

 

 

2. 大気汚染の影響で鉄粒子は海水へ溶けやすくなる

 

 

 鉄は海洋の植物プランクトンにとって必要な栄養素である。

 しかし、植物プランクトンが利用可能な溶存鉄は、多くの海域で著しく少ないことが知られている。

 鉄が不足する海域では、大気中のエアロゾルにより供給される溶存鉄が重要と考えられていた。

 溶存鉄とは水に溶けた状態の鉄のことで、海水中では有機錯体の状態で安定に存在すると考えられている。

 自然起源のエアロゾル(砂漠からの粉塵など)には、生命を維持するのに必要なミネラルの「鉄」がわずかながら(3.5%程度)含まれている。

 さらにその中にはわずかに「溶存鉄」(1%程度)が含まれているのが観測されている。

 一方、化石燃料の燃焼などの人為的なエアロゾルは、高い鉄溶解率を示しミネラルの鉄を含むが、なぜ人為起源鉄のエアロゾルが高い鉄溶解率を示すのか、その原因が明らかではなかった。
 JAMSTECでは、独自に開発した全球大気化学輸送モデルを中心とした4種類の数値モデル結果と複数の観測データを統計的に解析し、モデル再現性の比較などを行うことで、鉄溶存率に関する謎の解明を試みた。
 図2は、IMPACTという数値モデルで解析した結果、鉄溶解率が高い観測データを再現している。

 

 

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図2 大気中の化学反応まで考慮した人為起源の溶存鉄粒子の割合(%)(資料はJAMSTEC提供。数値は筆者が記入した)

 

 

 人間の活動の影響を強く受けた北半球で、鉄溶存率が高い値を示しているのが分かる。
 自然起源の酸化鉄とは異なる人為起源の化石燃料などから発生するエアロゾルが、陸から遠く離れた海洋生態系へ栄養塩をもたらす重要な役割を果たすことを示唆しており、海の生物の栄養素として意外な効果があることが分かった(詳細については、https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190502/)。

 

 

 

3. 雲が温暖化を進行させる可能性

 

 

 熱帯域の背の高い積乱雲群に伴って大気上層に発達する上層雲の広がりの変化は、地球の昇温量を見積もる上で重要であり、積乱雲が組織化(より狭い領域に集中して発達)するとその周辺では晴天域が増えることになる。

 晴天域が増えると、上層雲に遮られることなく、地球の熱を赤外放射によって効率的に宇宙へ放出することができる。

 その逆に雲の組織化が弱まると雲が広い領域にわたり分散して地球を覆うことで、宇宙への赤外放射が弱められ、温暖化を強めることになる。
JAMSTECでは、雲の運動を地球全域で直接計算できる全球大気モデルNICAMによって、約100年後を想定した地球大気の高解像度シミュレーションデータを用いて、雲の組織化を表す指数を評価した。

 熱帯域をおよそ1000km四方の領域に分けて、それぞれの領域ごとの雲の組織化の度合いを調べた結果、赤道周辺のインド洋や東南アジアといった特に対流活動が活発に起きている領域の赤道上で、この数値が減少することが分かった。
 雲の下にできる冷気塊もまた、雲の組織化の強さを反映している現象の1つで、熱帯域の冷気塊のサイズ分賦を比較したところ、温暖化した大気ではより小さなサイズの冷気塊の個数が増加し、より大きなサイズの冷気塊の個数が減少しているので、雲の組織化が弱化していることが確認された。
 地球は宇宙に赤外線を射出することで自分自身を冷やそうとしている。

 雲が非組織化すると雲の分布が散逸的になり、小さな積乱雲群の数が増加することで大気は雲でより覆われ、赤外放射を妨げて温室効果を強めることにより、温暖化がより進む可能性が示唆される(図3)(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190913/)。

 

 

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図3 組織的、非組織的に発生している雲とそれらの赤外放射の概念図(JAMSTEC提供の資料を、筆者が見やすいように書き直した)

  

 

 

4. 北極海の海氷融解の生物への影響

 

 

 北極海では1982年以降2017年までに表層水温が2.7℃上昇し、急速な海氷融解が進んでいる。

 海氷が減少すると、太陽光による海中光量が増加し、植物プランクトンによる炭素固定量が増加傾向にある。

 もともと低水温のため二酸化炭素を吸収する能力が高いことに加えて、海氷融解による淡水量の増加が炭酸イオンを希釈し、炭酸塩飽和度が未飽和な状態になると、炭酸塩の殻を持つ生物の殻形成に影響を及ぼすだけでなく、それ以外の生物の成長速度や生存率に影響を及ぼすことが明らかになっている。
 海洋の生物において、アンモニアや硝酸・亜硝酸などの窒素は重要な栄養素である。

 有機物から分解されたアンモニアが、微生物の活動を介して亜硝酸や硝酸へと無機窒素に変換する硝化反応が起きている。

 この硝化反応はアンモニアの濃度や光量、pHによって制御されることが知られている。
 JAMSTECでは、海洋地球研究船「みらい」を用いて、西部北極海チュクチ海の陸棚域と海盆域にて硝化反応が光量とpHに対してどのように応答しているのか観測した。

 その結果、pHの低下により硝化速度が減少しているが、その程度は光の影響に比べて小さいことが分かった。

 海中への光の透過が促進されると硝化反応が抑制され、アンモニアが硝酸に変換され難く、アンモニア態窒素栄養塩の相対量が増加すると考えられる(図4)。

 

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図4 海氷の有無によるNH4+の変化(資料はJAMSTEC提供)

 

 

 植物プランクトンにとってはアンモニア態窒素の方が少ないエネルギーで有機物合成できるため、アンモニア態窒素の相対的な存在量が増える変化は、食物連鎖の底辺を支える低次生態系にはとても有利に働き、上位の高次生物(魚類など)の生産の増大の可能性がある。

 本研究により、北極海の海氷融解の加速によって光環境が変化した結果、窒素循環が変化することが観測から明らかになった(詳細については、https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190822/)。

 

 

 

5. 海洋変動が与える植物プランクトンサイズの多様性と生産力への影響

 

 

 JAMSTECは、ドイツのヘルムホルツセンターと共同で、新たに開発した植物プランクトンの連続サイズ分布モデルを用いて、北太平洋における「海洋環境変動」、植物プランクトンのサイズの「多様性」(図5に示すサイズや種)及び「生産力(炭素を合成する能力)」を3次元空間で同時に初めてシミュレーションすることに成功し、その複合的な関係性を明らかにした。

 

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図5 植物プランクトンのサイズの多様性

 

 

 海洋では、「植物プランクトン⇒動物プランクトン⇒小さい魚⇒大きい魚」という食物連鎖が行われており、その底辺を支える植物プランクトンの多様性や生産力を調べることは重要であるが、これまでの研究は非常に限られている。

 2016年のJAMSTECの研究では、海洋中の場が乱れた環境では、植物プランクトン群集の多様性が高いほど生産力が高まり、安定した環境下では、群集の多様性が低いほど生産力が高くなることを明らかにした。

 しかし、本成果は仮想的な空間におけるモデル計算であり、近年問題視されている「海洋資源の保全と持続可能な利用」へ貢献するためには、現実の海洋をモデル化した3次元的な評価が不可欠であった。
 今回、新たに開発したモデルは、植物プランクトンのサイズの多様性を作り出すメカニズム(植物プランクトンの世代ごとの分裂や動物プランクトンによる捕食、海洋循環など)を考慮した。

 シミュレーションの結果、栄養塩濃度が高い北太平洋の亜寒帯域(変動が大きな海域)と、栄養塩濃度が低い北太平洋の亜熱帯域(穏やかな海域)では、2年前に理論上推定されたことが海洋環境を再現したシミュレーションでも実証された(図6)。

 

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図6 北太平洋での植物プランクトンサイズの多様性が生産量と対応している

 

 

 また、海流や他の物理過程(混合など)により異なる海域間(亜寒帯域と亜熱帯域)の境目では、異なるプランクトンのサイズが混合することで、北太平洋の多くの海域で高い生産力を支える多様性レベルが維持できることを新たに明らかにした。

 暖流である黒潮と寒流である親潮がぶつかる海域が優れた漁場であることともよく一致している。
本研究で得られた重要な知見をもとに、生態系の適応能力を維持するためには、環境変動が緩やかな海域よりも、変動が大きな海域における生物多様性が失われないことが重要であることを示唆している(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20181018/)。

  

  

 

6. 海流変動とシラスウナギ

 

 

 日本のシラスウナギの漁獲量は、長期的に減少傾向が続いて社会問題となっている。

 JAMSTECでは、日本大学と共同で、海流予測モデル「JCOPE2」によって計算した過去の海流推定結果である海洋再解析データを用いて、過去20年(1993~2013年)にわたる海流変動は、日本付近に回遊してくるシラスウナギの数を継続的に減らすように働いていたことを示した。

 「JCOPE2」とは北西太平洋の黒潮・黒潮続流、親潮、中規模渦などの変動を見るために、JAMSTECで開発した海流予測モデルである。

 「JCOPE2」は、漁海況予報に関する研究や、各種海洋産業や公的機関を対象とした情報コンサルティング事業に活用され、船舶の燃費節減や黒潮大蛇行の予測に使われるなど、研究成果を社会へ還元する先駆的な実績を上げてきた。
 ニホンウナギの産卵域はマリアナ諸島西方の海山域であることが発見され、そこで生まれた仔稚魚は北赤道海流にのって西向きに進み、さらにフィリピンの東で黒潮にのりかえ、日本や台湾にやって来る。

 そこで、マリアナ諸島近海で毎年一定の仔稚魚が発生すると仮定し、仔稚魚を仮想的な粒子に見立て、これが「JCOPE2」によって計算した海流(海洋再解析データ)に流されつつ乱流的に拡散するモデル(粒子追跡モデル)とし、また、仔稚魚は遊泳力をもっているのでその効果もとりいれ、仔稚魚のふるまいを表現する数理モデルをつくり数値実験を行ったところ、日本付近に流れ着くシラスウナギの量は、実際の漁獲量推移と同様に減少傾向を示した。

 これは、北赤道海流を駆動する海上風の変動に起因し、日本へ向かう海流が弱まったことが原因であると考えられる。

 また、他の研究によって、年々の変動は、北赤道海流が存在する緯度の南北移動が加入量の変動に影響を与えることや東シナ海の黒潮流速が遅くなっていることも示されており、物理的にみて仔稚魚が日本や台湾に来遊しにくい傾向になっていると解釈された(図7)。

 

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図7 ウナギの仔稚魚の日本への回帰:2004年、2017年には黒潮大蛇行が発生。2009年、黒潮は日本南岸で接岸流路をとっていた。2004年には北赤道海流は北偏し、2009年、2017年には北赤道海流は南偏していた(資料はJAMSTEC提供。数値は筆者が記入した)

 

 

 今後は、餌となるプランクトン量や産卵量といった別のパラメータをモデルに加えることを検討し、モデルの精度を高めていく予定である(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180412/)。

 

 

 

7. 月は地球のマグマからできた。

 

 

 JAMSTECでは、これまで紹介した話題とは全く異なる「月はどうしてできたか」と言う面白い研究が行われているので、最後に紹介しよう。
 現在の地球と月は、46億年前に起きた火星程度の大きさの星が地球と衝突してできたと言う「巨大衝突仮説」という現象によって作られたと考えられてきたが、アポロ計画で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の同位体比測定結果は、巨大衝突仮説に基づく従来のコンピュータシミュレーションの結果と矛盾することが指摘されていた。

 JAMSTECでは、従来の標準的な巨大衝突仮説に基づくモデルを改良し、原始地球にマグマオーシャンがあったという仮定の下、巨大衝突のコンピュータシミュレーションを世界で初めて行った。

 マグマオーシャンとは、現在の地球は水の海で覆われているが、46億年前には溶けた岩石の海があったというものである。

 この仮定の下でコンピュータシミュレーションを行い、マグマオーシャンが月の形成に大きく寄与することで地球と月の同位体比問題が解決される可能性があることを示唆した。

 図8は、JAMSTECの記述を元に、筆者が勝手に想像した月生成のストーリーである(詳細については、https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190510/)。

 

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図8 筆者が想像して図化した月の生成

 

 

  

8. まとめ

 

 

 5回にわたってJAMSTECの研究内容を紹介した。

取材する前は、深海の調査などが主なテーマかと軽く考えていたが、とんでもない。

 紹介できなかった研究も多数あって、実に広範囲な研究をされているのに驚いた。

 興味のある方は、JAMSTECのホームページ(https://www.jamstec.go.jp/j)を開いてみることをおすすめする。

 

 

 

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

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