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2020.02.28

シリーズ;さまざまな研究所を巡る⑬ ~ NHK放送技術研究所(その1)~

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

シリーズ;さまざまな研究所を巡る⑬ ~ NHK放送技術研究所(その1)~

 

  

1. はじめに

 

 昨年は、JAXA、鉄道総研、JAMSTECと、エレクトロニクスと直接的には関係の薄い研究所を取り上げたので、本年はエレクトロニクス関連の研究所を紹介することにする。

 その第1回として、NHK放送技術研究所(以下、NHK技研と略称する)を取材させていただいた。

 

 

2. NHK技研の概要

 

 NHK技研は、日本でラジオ放送が始まった5年後の1930年に設立され、放送技術全般にわたる日本で唯一の研究所として、放送の進歩発達に関わる調査・研究を基礎から応用まで一貫して取り組んできた。

 1966年には衛星放送の研究が開始され、1984年には試験放送が始まった。

 スーパーハイビジョンは、1995年に研究を開始され、昨年放送が開始された。

 これまでの経験では、一つのシステムが完成し実用化されるのに約20年かかっている。

 したがって、現在は20年後の社会情勢などを考慮しながら、次のような研究テーマを設定している。

 インターネットのサービス、次世代テレビ方式、AI(人工知能)、空間表現(3次元、AR、多視点カメラなど)、新機能デバイスなど。

 約230名の研究員である。

 ご報告したい話題は豊富にあるが、今月は撮像デバイスを取り上げることにする。

 

 

3. イメージセンサの解説

 

 CMOSイメージセンサは、スチルカメラやスマートフォンに大量に使用され、多くの皆さんに愛用されている。

 イメージセンサの構造や動作を十分ご存知の方も多いと思われるが、念のため筆者の分かる範囲で一般的な解説をしておく。
 レンズを通った光はイメージセンサに入り、光の強度に応じた量の電子(または正孔)を発生する原理を使っている。

 古くは入射光量によって導電率が変わる酸化鉛のプランビコンや硫化アンチモンのビジコン撮像管が放送に使われていたが、シリコンのCCD(Charge Coupled Device)の登場によりシリコンに置き換わっていった。

 太陽光発電は、半導体のPN接合で光を電気に変換するものであるが、イメージセンサも同じ原理で光を電気に変換する。

 太陽光発電には色々な材料が使われているが、イメージセンサではシリコンが多く使用される。

 シリコンは、LSIでプロセス技術が完成しているという以外に、可視光域をカバーできる点が重要である。

 NHK技研では、シリコンでは満足しないで、より感度のある材料の研究もされている。
 図1は、シリコンのPN接合に光が入射した時の説明である。

 

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図1 半導体に光が入射すると、電子と正孔が発生する

 

 

 

 光(フォトン)のエネルギーで結晶格子に捕まっていた電子が飛び出して、電子と正孔がキャリアとなる。

 ただし波長が1μ以上の赤外線は、シリコンのバンドギャップを飛び越すエネルギーが不足で電子と正孔は発生せず感度がない。

 イメージセンサは、数百万以上の画素ならなっているが、それぞれの画素で入射光に応じた電子が発生し、図2のように水平走査回路と垂直走査回路で、端の画素から順にONになった画素の信号が出力部へ送られ読み出される。

 

 

 

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図2 CMOSイメージセンサの構造

 

 

 

 図2から分かるように、各画素は長い配線などに接続しているので、ノイズを拾ってしまう。

 イメージセンサの感度を上げるには、回路で増幅すれば良いが、ノイズがのっているとノイズも一緒に増幅されて見苦しい画となってしまう。
 そこで、各画素の中に増幅回路を組み込んで、ノイズが入らない内に増幅してしまう構造が開発され、感度が大幅に向上しCMOSセンサが実用化された(図3)。

 

 

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図3 各画素にアンプを組み込むことにより、ノイズの少ない信号が得られる

 

 

 

 小さな面積の画素内に増幅回路を入れると、光を受ける面積が少なくなってしまうが、LSIの微細化技術の進歩により、増幅回路が入れられるようになった。

 

 

4. 3次元構造撮像デバイスの開発

 

 NHK技研では、超多画素と高フレームレートを両立する次世代のイメージセンサの実現を目指して、3次元構造撮像デバイスの研究を進めている。

 イメージセンサの3次元化では、TSV(Through Silicon Via)を用いた構造が実用化されているが、TSVでは数ミクロン以上の面積が必要となり、画素毎の対応はできない。

 NHK技研で開発に取り組んでいるデバイスは、異なる基板に形成した受光部や信号処理回路を接合して、受光部直下に画素毎に信号処理回路を集積した構造を備えている(図4)。

 

 

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図4 3次元構造撮像デバイス

 

 

 

 上下の基板の接続には、微細な金電極を上下に設けて超平坦化を行い、金と金の圧着を行う。

 これにより、全画素並列に信号処理を行うことで、多画素でも高いフレームレートを維持することができ、高機能化も可能である。
 これまで、デバイスの高集積化に向けて、3層以上の構造を実現する多層化プロセスを開発した(図5)。

 

 

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図5 多層化プロセス

 

 

 

 試料の作製手順は、シリコンIC基板にアルミニウム配線を行い、絶縁膜(SiO2)を被せて所定の孔を開けて、金をめっきする。

 さらにCMP(Chemical Mechanical Polish)で平坦化する。

 貼り合わせる方の基板も同様な構造にしてチップを切り出し、金を対向させ、荷重2000N、温度200℃、60分間加圧して接合させる。

 2層構造を形成する技術(図5(a)~図5(c))に加えて、新たに集積回路の裏面に絶縁層と埋め込み電極を形成する技術と、裏面側の平坦化技術(図5(d)~図5(e))の開発により、3層構造デバイスの試作に成功した。

 本プロセスの繰り返しにより、さらなる多層化の実現性が高まり、従来平面状に形成してきた信号処理回路を3次元構造化することで、画素サイズの縮小と信号処理回路の高集積化の両立に向けた見通しを得た。

 この技術により、将来的には超多画素でも高フレームレートやグローバルシャッターが実現される(グローバルシャッターの説明は図6に示した)。

 

 

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図6 順次読み出しによる像歪を解決する同時読み出し。これをグローバルシャッターと呼んでいる

 

 

 

5. 固体撮像デバイスの超高感度化

 

 イメージセンサの感度を大幅に向上させる技術として、入射した光によって発生した電子を加速して光電膜内の原子に衝突させて雪崩のように多量の電子を発生させるアバランシェ増倍現象を利用する技術がある。

 電子加速に必要な電界を膜内に形成させるため、膜厚方向に電圧を印加して(図7(a))、10倍程度の電荷増倍率が可能である。

 

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図7 増倍膜積層型撮像デバイスの構造

 

 

 膜内の電界をさらに強めるためには増倍膜の厚みを薄くする必要があるが、従来構造では印加できる電圧には制限があり、膜厚が薄くなるほど光の吸収が低下し、光の利用効率低下を招く。

 そこで、膜の厚さに依存することなく内部の電界を強めることができる新しいデバイス構造の検討に着手した(図7(b))。

 本構造では、電圧を印加する電極(陽極)を、画素電極(陰極)と同一面上に形成することで、膜内の横方向に強い電界を得ることができる。

 これにより光電変換膜の厚みを保持したまま、光の吸収特性を低下させることなく、高い電荷増倍率を得ることが期待できる。 

 これまでに、電荷増倍率を100倍程度得るために必要な膜内の電界強度を予備実験の結果を基に推定するとともに、所望の電界強度を得るための電極構造を、電界解析を用いたシミュレーションにより検討した。

 図8に解析により得られた有効な電極構造を示す。

 

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図8 解析に用いた電極構造

 

 

 

 ひとつの陰極-陽極対の大きさは非常に小さくなると想定されるため、1画素は複数の陰極-陽極対で構成し、陰極を囲うようにサブミクロン(0.1μm以下)の微細な間隔をあけて陽極を配置したものを多数並べた。

 この電極構造で電極サイズを最適化することにより、およそ100倍の増倍率を得るための強電界(108V/m)を陰極の近傍に均一に形成できることが分かった。

 高感度化には、光に感度の良い材料の検討も必要である。

 図9のように、結晶セレンはシリコンより可視光の吸収特性が優れている。

 

 

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図9 セレンとシリコンの光吸収係数

 

 

 

 ただ、セレンは暗電流が多いので、この解決に向けた研究に取り組んでいる。

 セレンは、真空蒸着で得たアモルファス膜を加熱(約200℃)して結晶化している。

 この際、テルルを450℃以上に加熱して真空蒸着した薄膜(1nm以下)の上で結晶化させるとセレンの結晶の配向性が改善され、暗電流を1/100に減少させることができた。

 

 

 

6. RGB積層型撮像デバイス

 

 イメージセンサの信号から色信号を得るには、図10左のように入射光をプリズムで赤(R)、緑(G)、青(B)に分解してそれぞれを3個のイメージセンサで読み出す3板式と、図10右のようにイメージセンサの前にRGBの色フィルタを貼り付けるべイヤー式といわれる方法が一般的である。

 

 

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図10 現在用いられているカラー撮像方式

 

 

 3板式の場合は、性能面では優れているが、プリズムが必要で、多画素化でチップサイズが大きくなると全体の体積が増えるためカメラが大型になってしまう。

 いっぽう、べイヤー式の色フィルタの場合、Rのフィルタを通った光はGとBの光を捨てており、G、Bも同様に他の2色を遮断しているので、感度を1/3に落としている。

 そのような問題を解決するため、小型・軽量で機動性に優れた単板カラーカメラの実現に向けて、RGB積層型撮像デバイスの研究を進めている(図11)。

 

 

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図11 RGBに感度を有する有機膜積層撮像デバイス

 

 

 

 本デバイスは、RGBのそれぞれに感度を持つ有機光電変換膜(有機膜)と、各有機膜で発生した信号を読み出す薄膜トランジスター(TFT)アレイとを交互に積層したものである。

 第1層のB感光膜は、Bに感度をもち、GとRは透過する。

 G感光膜はGに感度がありRを透過する。

 GとRを透過するには、Bの補色のイエロー(黄色)の膜となり、Gの補色はマゼンタ(赤紫)、Rの補色はシアン(水色)の有機膜が用いられる。

 RGBの有機膜の光の吸収/透過率は、図12のようにほぼ理想的なカーブが得られている。

 

 

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 図12 有機感光膜のRGB光に対する透過/吸収特性

 

 

 

 

7. 透明薄膜トランジスタの開発

 

 各有機膜で発生した信号を読み出す透明な薄膜トランジスタ(TFT)アレイを開発した。

 入射光がR感光膜まで届くためには、TFTは透明でなければならない。

 IGZO(インジウム・ガリウム・亜鉛複合酸化物)は、この目的に合致した半導体である。

 IGZOのTFTの微細化を進めるためには、保護層が不要で、従来のエッチストップ構造よりもチャネル長を短くできるバックチャネルエッチ構造(図13(b))を採用した。

 

 

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図13 (a)エッチストップ構造TFTと(b)バックチャネルエッチ構造TFT

 

 

 

 本構造では、半導体上に直接ソース/ドレイン電極を加工する必要があるため、電極形成プロセスに耐性のある半導体材料としてインジウム・スズ・亜鉛複合酸化物(ITZO)を選択した。

 これらの製作手法や材料を導入することにより、チャネル長を従来の6μmから2μmに短縮し、撮像デバイス用の信号読み出しTFTとして十分なON-OFF比が得られた。

 TFTアレイの画素ピッチも、従来の50μmから20μmに微細化することができ(図14)、128×96画素のB用有機膜撮像デバイスを試作した。

 

 

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図14 試作したTFTアレイの顕微鏡写真

 

 

 TFTのさらなる微細化は可能と思われるので、将来は8K用の高解像度の撮像素子も可能であろう。

 

 

8. まとめ

 

 現在、放送されている②Kの映像は美しく、まったく問題がないように見えるが、より美しく、そしてより臨場感溢れる高精細映像の4K、そしてさらに超高精細映像の8Kには大きな期待がかかる。

 今後8Kなどの多画素化に対応した小面積画素、1/数百秒よりさらに高速のフレームレートなどが要求されると、入射光がどんどん減少するため、高感度化が要求される。

 さらにグローバルシャッタや、暗い部分と明るい部分を同時に撮影できる広ダイナミックレンジ化など、研究テーマは多い。

 NHK技研が、これらの開発の先頭に立って活躍されることを期待したい。

 なお、掲載したほとんどの図は、NHK技研様から提供していただいた。

 

 

<参考出展>

https://www.nhk.or.jp/strl/

 

 


 

厚木エレクトロニクス 加藤 俊夫

国内唯一の実装技術専門誌!『エレクトロニクス 実装技術』から転載。 最新号、雑誌の詳細はこちら

http://www.gicho.co.jp/ept/
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